アニメーションやマンガを収集・展示する施設として、2011年度に完成予定の「国立メディア芸術総合センター」(仮称)の是非をめぐって、アニメ界など関係者の間で意見が分かれている。賛成派は古い資料の収集・保存や海外への発信力強化に期待するが、人材育成に予算を使うべきだとする制作現場の声は多い。
まずは賛成派の意見として、東京大学大学院の浜野保樹教授は6月上旬、東京・大手町で開かれた「メディア芸術総合センターを考える会」の討論会の席で「アニメやマンガを100年後に研究しようとしても、今のままでは資料が残らない。保存施設が緊急に必要という点で、センターの重要性は全く疑いがない」と、センター開設の必要性を強調した。
これに同調するのは漫画家の里中満智子氏。
マンガの原画の保存状況を調べた2007年度の文化庁調査を引き合いに、1950年代の作品では「残っていない」「激しく劣化」の合計が約70%に上ることを指摘。「現在は作者や家族が管理している原画を国が保存することによって、劣化や紛失が防げる」と訴えた。
また里中氏は「海外で海賊版が出回る中、国立施設を作り、著作権者は日本にいるとアピールすることは意味がある」と訴えた。
一方、アニメ制作の現場ではセンター建設に否定的な声が目立つ。
「現場は疲弊して、作品を制作できなくなりつつある。発信・アーカイブの施設に予算をかけても意味がない」と語るのは、動画の制作会社Wish(東京都練馬区)の高橋宏一取締役。
アニメ制作会社で組織する日本動画協会によると、動画の仕事の9割超は海外に流出している。アニメ作品の急増が原因で1990年代から増え続け、ピークの2006年は10年前の約2.5倍、年間306タイトルをテレビで放送。国内の供給能力を上回る分がアジアなどに流れた。
国内の10倍以上の人員規模を誇るスタジオが多い中国は、期日が迫った仕事にも対応でき、発注側の大手制作会社はスケジュールを立てやすい。このため国内で賄える仕事も海外に流れており、アニメ業界の9割を超える国内の中小の制作会社が苦しんでいる。
動画マン40人を抱える東京都練馬区の制作会社社長は「この数年、休みは年3日。でも1人当たり年間300万円の売り上げしか確保できない」と過酷な実態を明かす。
バブル崩壊後はアニメーション制作の要、原画制作も海外に流出している。同じ練馬区内にある原画制作会社の2008年度売り上げは2006年度の3分の1に。60代の社長は個人で借金した3千万円を会社の運営資金に回して、苦境をしのぐ。
動画マンとして数年間基礎を学び、そして原画マンへ。そして一握りの人間が演出家、監督へと階段を上がる。今の日本ではクリエーターの卵が担う仕事が激減、育成の土壌がやせ細っている。
「ピラミッドの底辺が崩れた。10年後も日本アニメが世界で評価されるかは疑問だ」、「重要な輸出コンテンツと位置づけるのならば、国は新人育成にこそ力を入れるべきだろう」と、国民的アニメを手がける杉並区の制作会社の幹部は話す。
アニメ界には危機を打開しようとする動きも見られる。
大手のスタジオジブリ(東京都小金井市)は今年4月、愛知県豊田市のトヨタ自動車本社内にアニメーターを養成する「西ジブリ」を開設。20人弱の新人をベテランが2年間じっくり教える仕組みだ。
Wishの高橋取締役は4年前から、業界全体で動画マンを作る施設の開設に向けて活動してきた。関東経済産業局に相談したが、「年度を継続する支援は難しい」(同局)との理由で一時は暗礁に乗り上げたが、今年に入りアニメで街の活性化を図る神戸市が支援を申し出た。市の既存施設を貸し出し、2010年にも「神戸アニメセンター」(仮称)を立ち上げる。
「クールジャパン」の旗頭と期待されるアニメだが、一時に比べて勢いを失いつつある。日本映像ソフト協会によると、国内のアニメDVDの2008年売り上げは709億円で、ピークの2006年に比べると25%も減少。
海外市場にもかげりが見られ、米国におけるキャラクターを含む日本アニメの市場規模は2003年の48億ドルを頂点に縮小し、2007年は28億ドルにとどまった(日本貿易振興機構推計)。
その背景には「売れ筋をコピーする縮小再生産の作品が増えている」(制作関係者)との現状がある。立派な拠点施設を建てても、将来アニメが“文化財”になってしまったら本末転倒。官民一体での地道な人材育成こそが求められている。
2009/06/27, 日本経済新聞 朝刊より(文化部 諸岡良宣記者の署名記事)