テレビ局の映画作り、邦画のセオリー変える

「ルーキーズ」「ごくせん」など、テレビ局製作の映画が好調だ。視聴率競争で培った番組作りの手法で芸術性の追求より「観客の求めるもの」を優先する姿勢が、映画作りのセオリーを大きく変えつつある。

「いわゆる『映画』を作っているつもりはない。僕らが目指すのは良いコンテンツだ」(フジテレビの亀山千広映画事業局長)
亀山氏がテレビから持ち込んだのは「作家性のある良作より、お客さんが見たい映画を作る方が重要」との価値観。監督の芸術性、作家性を重んじる邦画の制作現場を大きく揺さぶった。
「(テレビ局には)たとえ設定や構成に破綻があっても、お客さんに高い満足度を与えるのが優れた脚本だ、という発想がある」(元フジテレビのプロデューサーで、現ワーナー・ブラザース映画の小岩井宏悦ローカル・プロダクション本部長)
そのためにスターを出す、派手な海外ロケをするといった「観客の喜ぶ」要素を盛り込む。話のつじつまがあわない、真実味を欠くといった批評レベルの欠点があっても目をつぶる場合がある。

日本シナリオ作家協会は7月中旬、「アマルフィ」のエンドロールから脚本家の名前が抜け落ちていることに対し、フジテレビ宛に異例の声明を出した。日本シナリオ作家協会の西岡琢也理事長は「テレビ局にとって大切なのは、観客に受ける原作か俳優だけ。脚本家軽視の表れだ」と不信感を隠さない。
テレビ流の作劇法や演出は批評家には不評だ。「映画の文法ががたがたになっている。斬新な表現を切り開いているわけでもない」と映画評論家の山根貞男氏は厳しい。

映画が大ヒットするのは、番組で流す大量の宣伝の効果だという意見もある。今年上半期に最高のヒットを記録した「ルーキーズ」の場合、TBSは公開前に85番組で91時間超の宣伝を流した。
テレビ局が映画に出資して製作する動きは80年代から盛んだが、監督、脚本家らは映画界の人材だった。今日のように連続ドラマを局のプロデューサーが映画化したり、社員監督を起用したりと、主導的な役割を発揮するのは98年の「踊る大捜査線」以降だ。
テレビ局製作の邦画は活況だが、映画市場全体の規模を拡大させるほどの波及効果は生んでいない。
映画評論家の樋口尚文氏は「存在感を増したテレビ局には、日本の映画市場に対する重大な責任がある」と語る。最初はお祭り感覚で集まった観客も、やがて飽きる時が来る。「空疎な作品を作って観客を失望させると、中長期的には映画市場全体を縮小させてしまう」。

2009/09/05, 日本経済新聞 朝刊より

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