アニメ作画監督小村方宏治氏――地元でアニメ制作、手応え

「スカイ・クロラ」公開にあわせ、プロダクションIG新潟スタジオの設立の背景などを日経新潟版が伝えている。

プロダクション・アイジーの小村方宏治(41)が、故郷でスタジオを立ち上げてから今年で16年。「アニメ産業の中心が東京なのは間違いないが、新潟でも十分やれる」と手応えを感じている。
新潟スタジオが手掛けているのは動画行程で、30分のアニメ番組を一本作るときは4000枚程度が必要という。小村方はスタジオのトップであると同時に作画監督も手掛けている。「新潟は全員同じフロアで作業してるからかチームワークが良い。何かあったときすぐに声をかけられるし」と地方ならではのメリットを語る。
 出来上がった動画は宅配便で東京のスタジオに送り、着色や撮影などを経て実際の映像になる。放送中の「RD潜脳調査室」(県内は地上波放送無し)も同スタジオがかかわった。

アニメの道に進むことに反対していた両親に、新潟に戻るよう強く求められた小村方は、石川光久社長(49)に退職を伝えに行ったところ、新潟でのスタジオ立ち上げを打診される。当時はまだ地方スタジオがそれほど一般的ではない時代。「社長にどんな意図があったのか今もわからない」と謙遜するが、小村方の腕を高く買っていたのは明らか。現在までにプロダクション・アイジーが新潟以外に地方スタジオを持ったことはない。

入居する物件こそ石川社長が手配してくれたが、自分以外のスタッフは小村方が集める必要があり、しばらくは広いスタジオで一人で机に向かう日々だったという。
当時はまだ新潟にアニメやマンガの専門学校は無く、新聞に折り込みチラシを入れて募集をかけたが集まったのはほとんどが素人。小村方自身が粘り強く指導し、東京採用の人材も回してもらってようやく軌道に乗せた。
現在は採用を定期的に実施、22人のメンバーを抱える同社最大規模のスタジオに成長し、動画は月間約4000枚にのぼる。
「今はネットでも資料や設定画がやりとりできる。新潟にいるデメリットはほとんど無い」と小村方は話す。東京から演出担当者が来て打ち合わせをする必要はあるが、新潟には多くのスタッフが集中しているためかえって効率的という。
将来の目標は「まだ漠然としているが、いつか新潟でしか生まれないアニメをつくること」と控えめだ。(敬称略)

 こむらかた・こうじ 1967年新潟市生まれ。高校卒業後上京し、アニメスタジオの亜細亜堂入社。1990年IGタツノコ(現プロダクションIG)に移籍。1992年の新潟スタジオ設立で中心的役割を果たし、現在は同スタジオチーフ。

ヘッドラインは2008/07/25, 日本経済新聞 地方経済面 (新潟)

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