「千と千尋」「ポニョ」…ヒットつなげ、ジブリ“工房”から企業へ
アニメスタジオから「アニメ企業」へ経営改革を進めるスタジオジブリの変貌を伝える、日経記事を抄録。
ジブリは宮崎駿・高畑勲両監督の劇場アニメ制作を目的に、徳間書店の子会社として1985年に活動を開始した。1986年の「天空の城ラピュタ」、1988年の「となりのトトロ」で旋風を巻き起こし、1997年の「もののけ姫」ではその名を世界に広めた。2005年に徳間書店から独立し、スタジオジブリとして再スタートした。
この間、スタジオは3つに増え、2001年には三鷹の森美術館を開館、社員数は約300人にのぼる。当初は宮崎・高畑両監督が「のびのび制作できる環境」を目指して立ち上げた家内工業的組織だったが、今は国内有数のスタジオとして、この環境を次世代のアニメーターにつなげていくことに重点を置き始めている。
今春ウォルト・ディズニー・ジャパン前会長からジブリに移った星野康二社長が管理部門の改革に着手した。
星野社長は「(アメリカののコンテンツを日本で二次三次利用する国内のディズニーの仕事とは違って)ジブリは宮崎、高畑両監督が今も最前線で身を削っている。親分の姿が無言のうちに若手に影響している」。彼らがお金の心配をせずに制作に没頭できるこの環境を変えないことこそ自分の役割」という。
まず着手したのはスタッフの正社員化で、アニメーターだけでなく美術館のアルバイト約150人も全員正社員にした。多くのジブリファンが訪れる美術館でのサービスを強化したいとの狙いがある。
「財務経理局」も今春発足し、劇場公開は数年に一度のため年ごとに波があるが、DVD売上高や著作権収入など関連ビジネスをきちんと計上し、若手社員をどう養っていくのか「お小遣い帳を付けだした」(星野社長)
また、一番骨が折れたのは倉庫の集約で、膨大な量の素材や画材道具を収納している倉庫が複数拠点に散在していたため、一カ所に集約し経費を見直している。
課題の海外展開では、北米留学やディズニー時代に培った人脈をいかし「販売機会を増やしたい」と意気込む。
宮崎監督と鈴木敏夫プロデューサーも若手育成に動き始め、2009年4月にはアニメの人材育成所を愛知県豊田市に新設する。来春卒業見込みの20人ほどを契約社員として採用し、宮崎監督や鈴木プロデューサーらが自ら指導する。
世界的に人気の高い日本アニメの原点は東映動画(現東映アニメーション)や虫プロダクションにある。宮崎氏を含め現在一線で活躍する多くの監督がここで技術を習得し、その後の日本アニメの発展を支えてきた。スタジオジブリがその伝統に新たな息吹を吹き込むことができるか。ジブリの挑戦に期待がかかる。
ヘッドラインは2008/08/20, 日経産業新聞
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