「やる夫」に学ぶ伝達術――難問分かりやすく解説
ついに日経産業に「やる夫」登場。四家正紀のWebトーク(8)より抄録。
増殖中のユニークなWebコンテンツ「やる夫で学ぶシリーズ」は、AAキャラ「やる夫」を主人公に、アカデミックなテーマも初心者向けに抜群の分かりやすさで掘り下げたコンテンツを、様々な作者が発表し、好評を博している。
その数は小説などを含む「やる夫シリーズ」全体で推定約700件。ウィキペディア日本語版の51万件には及ぶべくもないが、充実度には目を見張る。
語尾に「~だお」がつく語り口調が特徴のニートの「やる夫」と、比較的知的な常識人で「それは~だろ、常識で考えて」(略して「常考」)という口癖をもつ「やらない夫」が中心人物。これにAA化されたアニメやマンガのキャラが絡み、間抜けな「やる夫」が悪戦苦闘しながら知識を獲得していくストーリーが展開される。
「資本論」では、低賃金の工場労働に疲れ果てた「やる夫」の前に「定職にもつかず一生涯をかけて同人誌を書き続けた変人」カール・マルクスが、なぜかアニメの人気キャラ「涼宮ハルヒ」の姿で登場し、ハルヒの語り口を駆使しながら労働と貨幣の問題を語りおろす。
掲示板で他の参加者からの感想や質問も交えつつ進行し、ある程度話がまとまると、こんどは別の人が読みやすく編集して「まとめサイト」に転載する。こうして作者と編集者の連係プレーで「やる夫」は多くの読者を獲得している。
驚くべきはテーマの多様さで、同人誌やゲームなどサブカルチャー関連は当然として「微分積分」「サブプライム問題」「マーケティング」「聖書」「科挙」「イラン史」「西洋哲学」など実にバラエティに富んでいる。
入門編の教養コンテンツとしての質も高く、門外漢にはとっつきにくいテーマがAAキャラの活躍でぐっと親しみやすくなる。「音楽史」では、YouTubeにアップされている動画コンテンツへのリンクが挿入され、読者はやる夫と一緒に実際の楽曲を聴き、クラシックへの理解を深められる。
この「やる夫シリーズ」は、古典落語との共通点が多い。
まず、必ず一人の話者が口調によって複数のキャラを演じわけながらストーリーを語るあたりが落語そっくりだ。ここで注目されるのはキャラクターのモジュール化。そもそもAAキャラはネット内で共有されるコンテンツの部品だが、落語においても多数の作者・多数の物語で共有されるモジュールとして、特定キャラが使い回されている。
「~だお」という「やる夫」の語り口は、与太郎の「あたいねえ」という口調と同じように、キャラの性格を規定する。そしてご隠居や大家さんにあたる「やらない夫」と一緒に、どの作品でも同じように振る舞うことで親近感を演出し、効率的な物語展開と難解なテーマの敷居を下げる効果につなげている。
「ほとんどの作品は作者不詳」という点も両者の共通点で、著作権を主張せず互いの制作物をモジュールとみなしてどんどん使いまわすことで、次々と面白い作品が生まれているのである。
「やる夫」が人気を呼ぶ背景には、複雑化する情報社会の中で、多くの人が新しい情報を咀嚼しきれず悪戦苦闘している実情がある。「落語的表現手法」を駆使しながら、難解なテーマを初心者に平易に語りかける「やる夫シリーズ」には、企業や商業メディアが生活者に対し効果的に情報を伝えるためのヒントが隠されているかもしれない。
ヘッドラインは2008/08/26, 日経産業新聞
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